「日蓮上人立像」岡倉天心、下村観山、竹内久一、岡崎雪聲

2023.10 撮影
タイトル日蓮上人立像
作者岡倉天心(制作)、下村観山(原型)、竹内久一(製作)、岡崎雪聲/谷口鉄工所(鋳造)
設置場所福岡市博多区 東公園
製作年1904
備考福岡県指定有形文化財

日蓮上人は、1260年に「立正安国論」を書きあげ、時の執権北条時頼に提出して国主諫暁し、元寇の危機を訴えた。国主諫暁は仏教用語で、国の最高責任者の誤りを指摘し、正しい道を歩むよう進言すること。日蓮は、浄土宗や禅、密教などの悪法が世に流布することが災いの元凶であり、日蓮の勧める法華経の教えを広めることが災害や内乱、外敵の襲来を防ぐことになると説いた。

日蓮は、1268年にも蒙古襲来が近づいたと国主諫暁を行う。佐渡に流刑となったのち、1274年に都に呼び戻されると、さらに3度目の国主諫暁を行う。その1274年11月に実際に元の軍勢がここ福岡を襲う。元寇=文永の役である。日蓮の予言は当たったことになる。1281年にも2度目の元寇=弘安の役が起こるが、いずれも北条時宗が撃退した。

この像は、日蓮宗改革運動をすすめていた佐野前勵と、元寇記念碑建設を目指した湯地丈雄が意気投合したことから建設計画か進められた。初め、北条時宗の騎馬像を製作し、その土台に日蓮のレリーフを造形しようと計画していたが、他宗派の反対により頓挫。佐野と湯地は袂を分ち、それぞれが別に記念碑を造ることになった。

製作を東京美術学校校長の岡倉天心が引き受け、図案懸賞が開催され下村観山の案が選ばれた。原型製作は竹内久一が担当し、鋳造は岡崎雪聲の手による。巨大すぎて一つの型では鋳造できず、分割した部分それぞれを鋳造したのち、ボルトで固定された。

左手に「立正安国論」を掲げ、己の真を貫く姿には、リアリティある人間の存在感が色濃く出ていると感じる。

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