
| タイトル | 利休居士三百年紀年碑 |
| 作者 | 不明 |
| 設置場所 | 福岡市東区 九州大学病院 |
九州大学キャンパス内に、千利休ゆかりの旧跡がある。1587年に九州平定を成し遂げた豊臣秀吉が、この地で祝いの茶会を開いた。千利休は、自生していた松に鎖で雲竜の釜を下げ、白砂の上に散らばる松葉を燃やして湯を沸かしたという。釜掛けの松の故事である。
碑文には、300年記念碑とはっきり彫ってあるが、Google Mapsでは400年記念碑としてマークされている。300年記念にあたるのは1887年。明治20年である。その当時、ここ馬出は一面の松原だった。
明治後期まで、福岡は、長崎や熊本と比べると都市としての発展が数段遅れていたという。1903年の京都帝国大学福岡医学学校のこの地への誘致は、福岡の発展に大きく寄与したという。また、ここは、現在の九州大学の数あるキャンパスの中でも最古のものになる。
この石碑が300周年記念碑ならば、キャンパスができる前の、涼風爽やかな馬出の松原の記憶を今に伝えるモニュメントかもしれない。
千利休は1591年に豊臣秀吉に切腹を命じられ、聚楽屋敷で絶命する。享年70歳。釜掛けの松から4年後の出来事である。秀吉の怒りの理由は諸説あり、定まってはいない。

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