「医学博士稲田龍吉先生」

2023.10 撮影
タイトル医学博士稲田龍吉先生
作者不明
設置場所福岡市東区 九州大学病院

稲田龍吉は1874年生まれの医学者。愛知県名古屋市生まれ。尾張藩の藩校だった洋学校、第一高等学校を卒業後、東京帝国大学医学大学に入学。1900年に首席で卒業し、青山胤通教授の内科教室に入局した。

「青山胤通」新海竹太郎
2023.5 撮影タイトル青山胤通作者新海竹太郎設置場所東京都文京区 東京大学本郷キャンパス製作年1920新海竹太郎の造形した魅力的な人物像。説明板は次の通り。青山胤通1859〜1917美濃国苗木藩士の三男として江戸麻布の下屋敷に生れる。明…

稲田は1902年に文部科学省海外留学年としてドイツに留学し、帰国後の1905年に京都帝国大学福岡医学学校の第一内科の初代教授として福岡に着任する。福岡医学学校は、東京帝国大学医学学校、京都帝国大学医学学校についで、日本で3番目の帝国医学学校として1903年に開設された。

稲田は、ワイル病の病原となるスピロヘータを世界で初めて発見し、九州や四国の風土病だった出血性黄疸も同じワイル病のスピロヘータが原因だと突き止めた。1919年のノーベル医学・生理学賞の候補にもなる。1920年に東京帝国大学医学学校に移る。その後、癌研究会附属病院初代院長、愛育会愛育研究所初代所長、日本医療団総裁、日本医師会会長、日本結核予防会副会長などを歴任した。

日本の医学会を牽引したその眼差しは、どんな未来を見ているのだろう。

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