

| タイトル | 郭沫若先生「別須和田」詩碑 |
| 作者 | 大須賀力(設計) 田中明次郎/田中新太郎(刻字) |
| 設置場所 | 千葉県市川市 須和田公園 |
| 製作年 | 1964 |
郭沫若は中華民国、中華人民共和国の政治家・文学者・歴史学者・考古学者。1892年に現在の四川省楽山市で生まれる。地元の高等小学校、中学校を卒業後、1914年から日本に留学。第一高等学校予科、岡山の第六高等学校、九州帝国大学で医学を学ぶ。1916年には佐藤をとみと結婚。しかし、難聴のため医学を諦め文学者者として生きることを選んだ郭は1921年に大学を休学し中国へ戻る。
郭は、1922年に中国で処女詩集「女神」を上梓する。その後国民党に入党。しかし左傾化し、中国共産党に入党。蒋介石に追われ、1928年に日本に亡命すると1937年までこの市川市須和田の地で暮らした。郭は亡命中の約10年の間、中国の歴史研究に没頭し、金印や甲骨文字に関する国際的な研究成果をあげた。また、亡命中の厳しい監視のなかだったものの、須和田を第二の故郷として愛した。
1937年に盧溝橋事件をきっかけに日中戦争が勃発すると郭は妻子を置いて単身中国へ戻る。国民政府で軍事委員会政治部第三庁(宣伝工作担当)庁長を拝命、1940年に文化工作委員会委員長。戦後は中華人民共和国の政務院副総理、中国科学院の初代院長、全国文学芸術連合会主席、全人代常務副委員長などを歴任した。
この石碑の漢詩は、1955年に中国学術文化視察団の団長として来日した時、久しぶりに旧宅を訪れたときの感慨を詩に創作したもの。残念ながら私には読めない。モニュメントの設計とレリーフ製作は大須賀力。
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