「石毛慶次郎氏像」棟之?

2023.7 撮影
タイトル石毛慶次郎氏像
作者棟之?
設置場所東京都葛飾区 渋江公園
製作年1951

石毛慶次郎は1884年生まれの実業家。千葉県生まれ。はじめ、埼玉県のメリヤス工場で働いたのち、東京で独立。1909年に現葛飾区四つ木に石毛染晒工業を設立。1952年に染晒業界での功績により緑綬褒章、社会事業に貢献した功績により紺綬褒章を、1954年には消防分野の功労者として藍綬褒章を受章した。

碑文を一応採録したが、読めない字も多く、間違っている可能性が高い。意味もつかみにくいが念のため掲載する。

石毛慶次郎氏頌徳表

人心惟れ危うく道心惟れ微なるの時 果敢の氣骨を以て濟世利民の實を挙ぐるに努むもの蓋し石毛氏の如き人なかるに 氏は明治17年千葉縣飯岡に呱聲を挙げ幼くして雄図を抱き上京 メリヤス製造者の徒弟に入り苦節10年業半ばにして佐倉聯隊に應召 満州に派遣 帰還するや復職更に斯業の蘊蓄を極む 大正3年4月此地に晒工場を創設す尓束氏の努力奮闘と天與の手腕はその研究工夫と相俟って社運隆々その名聲天下に冠たり 氏はまた社會公共の盡粋せる事績偉大なるものあり 或は教育事業の普及に殖産興業の振展と各種社會福祉事業に率先私財を投じその発展育成に寄與せらる 残る消防警察業行政に関しては夙夜施設の拡充強化に之れ努め治安の維持確立民生の安定に致す その功績枚挙に邊あらず 氏はまた信仰に徹し数神崇祖の典型たり 常に伊勢明治両宮を始め神社佛閣と崇敬奉賛國民思想の浄化に努め道義の昻楊に貢献せざるは吾人の敬服措かざるところ而も齢古希に近きも孜々精励矍鑠として壮者を凌ぐの概あり豈壮ならずや 今や国民待望の講和會議成り祖國〇〇再建の首途に當り本會は君が功徳に不朽の〇傳を以て拡古に記念せんとす

鵠堂関根孝一〇 蕐堂須藤長書 光春桂米次郎〇
棟之サイン

裏面にサインあり。「1951 棟之作」と読める。どなただろう。

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