
| タイトル | 竹添井々文学碑 |
| 作者 | 不明 |
| 設置場所 | 東京都港区 乃木公園旧乃木邸 |
| 製作年 | 1981 |
竹添井々は1842年生まれの漢学者。この乃木公園には、この碑に添えて、乃木希典を詠った竹添の漢詩の碑も添えられている。AIによる読み下しは、下記の通り。
1. 戦雲 城を圧して 城 壊れんと欲し(せんうん しろをあして しろ やぶれんとほっし)
2. 腹背 敵を受けて 我が軍 敗る(ふくはい てきをうけて わがぐん やぶる)
3. 連隊旗は 臣の掌る所(れんたいきは しんのつかさどるところ)
4. 賊の奪う所と為りて 臣の罪大なり(ぞくのうばうところとなりて しんのつみだいなり)
5. 旅順の巨砲 千雷轟き(りょじゅんのきょほう せんらいとどろき)
6. 骨砕け 肉飛びて 血雨腥し(ほねくだけ にくとびて けつうなまぐさし)
7. 二万の師弟 吾が為に死す(にまんのしてい わがためにしす)
8. 吾 何の面目ありて 父兄に見えん(われ なんのめんぼくありて ふけいにまみえん)
9. 青山の馳道 朱闕に連なり(せいざんのちどう しゅけつにつらなり)
10. 万国の衣冠 儼として列を成す(ばんこくのいかん げんとしてれつをなす)
11. 霊輿粛々として 牛歩遅く(れいよ しゅくしゅくとして ぎゅうほおそく)
12. 金輪 徐に輾りて 声 咽ぶが如し(きんりん おもむろにきしりて こえ むせぶがごとし)
13. 弔砲 一響して 臣事終り(ちょうほう いっきょうして しんじおわり)
14. 腹を刺し 喉を絶つこと 何ぞ従容たる(はらをさし のどをたつこと なんぞしょうようたる)
15. 傍らに蛾眉の 端坐して伏する有り(かたわらにがびの たんざしてふするあり)
16. 白刃 三たび刺して 繊手紅なり(はくじん みたびさして せんしゅくれないなり)
17. 遺書 固く封じて 墨痕湿い(いしょ かたくふうじて ぼっこんうるおい)
18. 躬を責め 世を誡むる 情 尤も急なり(みをせめ よをいましむる じょう もっともきゅうなり)
19. 言言都て熱腸より逬り(げんげん すべてねっちょうよりほとばしり)
20. 鬼は哭し 神は恫みて 天も亦泣く(きはこくし しんはいたみて てんもまたなく)
21. 嗚呼 身を以て君に殉じて 臣節 堅く(ああ みをもってきみにじゅんじて しんせつかたく)
22. 生を舎てて夫に従いて 婦道全うす(せいをすてておっとにしたがいて ふどうまったうす)
23. 忠魂 貞霊 長に散らず(ちゅうこん ていれい とこしえにちらず)
24. 千秋万古 桃山に侍せん(せんしゅうばんこ ももやまにじせん)
乃木希典は、西南戦争の時に軍旗を敵軍に奪われ、これを深く愧じていた。また、旅順攻囲戦で正面攻撃を繰り返し多くの将兵を失ったことにも責任を感じていた。乃木は、明治天皇が崩御すると、妻とともに殉死の道を選ぶ。

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