「旧社屋の玄関柱」

2023.10 撮影
タイトル旧社屋の玄関柱
作者不明
設置場所福岡市中央区 西日本新聞社本社
製作年1926〜1972(使用)、1975(復元展示)

碑文を記す。

社屋の玄関柱

この花崗岩は大正15年から昭和17年まで福岡日日新聞社、西日本新聞社の社屋玄関の大主柱の台座の一部として使用されていたものです。ここにそのままを復元し末永く保存いたします。

昭和51年1月
西日本新聞社

西日本新聞は1877年に創刊された福岡・博多地区初の新聞「筑紫新聞」をその祖とする。筑紫新聞は西南戦争が勃発した年に創刊された新聞で、西南戦争の戦況は特に詳しく報じられた。3日に1回の発行で、35号(一説によると40号)までつくられた。その後「めさまし新聞」「筑紫新報」「福岡日日新聞」を経て、現在の「西日本新聞」につながる。

1926年に旧社屋を設計したのは倉田謙。1883年生まれで、設計当時は九州帝国大学の建築課長を務めていた。倉田はウィーンで生まれた「セセッション(分離派)」のスタイルをいち早く取り入れた建築家。この、残された柱の中央のレリーフでは、幾何学的に構成された植物が左右の渦巻(スクロール・ボリュート紋様)と繋がっており、また、レリーフから横に広がる水平構造からも、セセッション様式の影響が感じられる。重厚かつ華麗な社屋の様子が目に浮かぶようだ。

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