
| タイトル | 足長 |
| 作者 | 二口金一(原型)、矢木俊夫(鋳造)、矢木外ニ(仕上)、立川善太郎(着色) |
| 設置場所 | 神奈川県平塚市総合公園 |
| 製作年 | 1986 |
足長の像。隣にある手長の像と対になっている。
足長像
嘉永元年、名工谷口与鹿(ヨロク)は、出雲神話による素戔嗚命(スサノオノミコト)と結ばれた奇稲田媛(クシナダヒメ)の父・足名稚(アシナヅチ)を足長に、母・手名稚(テナヅチ)を手長に具象化彫刻し、高山祭屋台にとりつけた。
この像は、それを模したものである。
高山市・平塚市との友好都市の証として本公園に設置しました。
平塚市と高山市の関係は古い。平安時代後期の寛治元年(1087年)に創建された高山市の櫻ヶ岡八幡神の祭神は、平塚の平塚八幡宮から分霊され勧請された応仁天皇。もう、900年以上のお付き合いになる。平塚市市政50周年にあたる1983年に、平塚市と岐阜県高山市は、900年の時を超えて友好都市を締結した。
谷口与鹿は江戸時代に「不世出の天才」と言われた伝説の彫刻師。1822年(文政5年)高山生まれ。若い頃から彫刻が得意で、高山祭の屋台に多くの作品を残した。大酒飲みだったという。1864年に死没。「手長・足長」は恵比寿台という屋台に彫られたもの。谷口が43歳で亡くなった1864年は、池田屋事件や禁門の変が発生した幕末の激動期。あと4年で明治元年。もし長生きしていたら、どんな明治の傑作を生み出していただろう。
銘板は下記の通り。
原型 二口金一
鋳造 伝統工芸士 矢木俊夫
仕上 伝統工芸士 矢木外ニ
着色 伝統工芸士 立川善太郎
昭和61年3月吉日

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