
| タイトル | 北原白秋詩碑 |
| 作者 | 北原白秋 |
| 設置場所 | 神奈川県三浦市 城ケ島白秋公園 |
| 製作年 | 1949 |
雨はふるふる 城ヶ島の磯に
利休鼠の 雨がふる
雨は真珠か 夜明けの霧か
それともわたしの 忍び泣き
北原白秋は、名曲「城ヶ島の雨」の歌詞を、ここ城ヶ島で1913年に書きあげた。北原白秋は1885年熊本生まれ。若い頃から明星などに詩歌を発表し、24歳で「邪宗門」を刊行。才能あふれる人気青年歌人としてもてはやされた。しかし、1912年、28歳の時に不倫騒動で窮地に立たされる。白秋は隣人の松下俊子と知り合い恋に落ちるが、俊子には別居中の夫がいて、二人は姦通罪で告訴され勾留されてしまう。後に和解し無罪となるが、白秋の評判は地に堕ちる。傷心の白秋が逃げるようにやってきたのがこの城ヶ島だった。
俊子との問題で自殺すら考えた白秋は、城ヶ島に渡り、9ヶ月あまりの隠遁生活を送る。「城ヶ島の雨」はこの頃書かれた作品。梁田貞が曲をつけ、楽曲として大ヒットした。俊子とは1913年に結婚するが、翌年離婚にいたる。
この詩碑は、白秋直筆の草書が彫られたもの。1949年に建立された。生前に計画されたが、城ヶ島が要塞化されたため、なかなか実現しなかった。「帆型の石が荒磯に突き差したように」との、本人の生前の希望に沿うように製作された。
これほど見事な石碑はそうそうない。北原白秋の抒情が乗り移ったようなたたずまいがある。恋と絶望、挫折、そして逆風にすっくと立つ意思。

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