
| タイトル | 母里太兵衛の黒田武士 |
| 作者 | 米治一 |
| 設置場所 | 福岡市博多区 JR博多駅前 |
| 製作年 | 1970 |
母里太兵衛は、黒田長政に仕えた槍術を得意とする武士。黒田八虎に数えられる猛将。黒田節に歌われる呑み取り「日本号」の逸話で知られる。
文禄・慶長の役の休戦の折、京都に滞在していた福島正則に黒田からの使者として母里が参上する。福島は母里に酒を振る舞うが、執務中のためと母里は固辞する。福島はしつこく何度も勧め、大盃の酒を飲み干したら好きなものを何でも与えると詰め寄る。家名を貶めるような発言もあり、母里は決意して大盃を何杯も飲み干す。そして、福島が豊臣秀吉から授かった名槍「日本号」を所望する。福島は、その心意気よしと、「日本号」を母里に譲る。これが、「黒田節」の唄になって今に伝わっている。
酒は呑め呑め呑むならば
日の本一のこの槍を
呑みとるほどに呑むならば
これぞまことの黒田武士
これは、母里が見事に槍を呑み取った場面。槍はずっと母里家が所蔵していたが、明治期に所有者が転々とし、現在は福岡市博物館館に寄贈され常設展示されている。
米治一(こめ じいち)は1896年、富山県高岡市出身の彫刻家。富山県立工芸学校を経て東京美術学校卒業。高村光雲に師事する。高岡は銅器の名産地。米は卒業後に地元高岡に戻り、生涯数千点の作品を残したという。

パブリックアート散歩 – Google マイマップ
ブログ用地図

コメント