
| タイトル | インド水塔 |
| 作者 | 鷲巣昌(設計) |
| 設置場所 | 横浜市中区 山下公園 |
| 製作年 | 1939(設置) |
| 備考 | インド商組合🇮🇳インド(寄贈) |
説明プレートは以下の通り。
インド水塔
関東大農災の際に、横浜市がインド商人をはじめとする外国商人の救済措置を積極的に講じた返礼として、昭和14年12月18日に贈呈式が行われインド商組合から寄贈されたものです。
イスラム風の意匠を凝らした外観や華麗なモザイク装飾の天井に特長があります。
横浜には、開港当初から貿易などをなりわいとするインド人が多く住んでいた。1923年の関東大震災ではインド人116人が被災し、28人が死亡する惨事となったが、当時の横浜市民らが住宅の手当など救済の手を差し伸べた。これに感謝した在日インド人協会から1939年にこの水塔が贈られた。なお、水塔が立つ山下公園は、関東大震災の瓦礫が埋め立てられたその上に1930年に造成されたもの。
大戦の足音が近づくこの1939年の日本とインドの関係の一端を知ることができるモニュメントだと思う。イスラム風ともインド風とも言われる鷲巣のデザインは、エキゾチックで力強い。
鷲巣昌は当時横浜市の4代目建設課長。1892年生まれ。東京帝国大学で内田祥三に師事。1919年に卒業し横河工務店に勤務。日本工業倶楽部の内装などを担当。1923年に同潤会に参加し同潤会アパートの設計などに従事。1934年に同潤会が解散すると、同年、横浜市建設課長となる。1946年に三菱地所に入社。技師長に就任、1965年に専務取締役としてその任を終える。

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