「中村勝五郎氏之像」大須賀力

2023.6 撮影
タイトル中村勝五郎氏之像
作者大須賀力
設置場所千葉県船橋市 JRA中山競馬場
製作年1956

この銅像の中村勝五郎は1913年に生まれ1993に没している3代目の中村勝五郎。2代目の中村勝五郎は元力士で、味噌製造により一代で財をなした。この3代目は父とともに実業家として成功を収めるとともに地元千葉の中山町町長も務めた。

中山競馬場は1907年に開設された松戸競馬場をその前身とする。1919年に東葛飾郡中山村大字若宮(現・市川市若宮)に移る。この場所は手狭だったので1926年に理事に就任した肥田金一郎は更なる移転を目論んだが、中山競馬倶楽部内の内紛などで頓挫。そこに救いの手を差し伸べたのが当時の中山町長(中山村は1924年から中山町となる)の中村勝五郎だった。地権者と粘り強く交渉して、1927年に現在の東葛飾郡葛飾村大字古作(現在の船橋市古作)への移転を成功させる。

また、中村家は3代続く馬主でもあり、この3代目勝五郎は中山馬主協会の初代会長でもあった。地域の実力者として、草創期の中山競馬場のいくつもの困難をのりこえる力となった。現在の中山競馬場は、皐月賞、有馬記念、スプリンターズステイクス、ホープフルステイクスの4つのG1レースを始めとした多くの重賞レースを開催する国内有数の競馬場となっている。

3代目中村勝五郎は、芸術振興のための援助に力を尽くした人物でもあった。若き日の東山魁夷は、中村家の味噌工場の事務所の2階に下宿し、初期の傑作の数々を描きあげた。また、東京駅にあるアガペの像の建立にも尽力した。財団法人市川市高齢者事業団の初代理事長。市川市名誉市民。

銅像の作者は大須賀力。名匠の技が冴える中村勝五郎43歳の時の壮年の肖像。洒脱な人間味が伝わる。

私事で恐縮だが、1990年の有馬記念、ここ中山競馬場でオグリキャップのラストラン優勝を目撃した。4番人気オグリの単勝券1万円を手に熱くなる胸を抑えられなかった事を今でもありありと覚えている。

パブリックアート散歩 - Google マイマップ
ブログ用地図

コメント

タイトルとURLをコピーしました