
タイトル | ウェルカムゲート |
作者 | 不明 |
設置場所 | 横浜市中区 伊勢佐木町入口 |
製作年 | 1999 |
伊勢佐木モールの入り口に聳り立つ巨大なゲート。
伊勢佐木町や関内周辺は江戸時代初期までは海だった。吉田勘兵衛により埋立が行われ、吉田新田が開発され水田地帯となった。明治に入り横浜が開港すると、関内には外国人居留地が作られ、遊廓も作られた。遊廓は初め現在の横浜公園あたりだったが何度か移転し、真金町の「永真遊廓」に落ち着いた。
伊勢佐木モールは、国鉄の関内駅と当時の永真遊廓を結ぶライン上の道。飲食店が軒を連ね、興行場や相撲場も設けられ、大歓楽地帯となった。日本で初となる洋画封切館「オデヲン座」がドイツ人貿易商・ヴェルダーマンにより開設されたのも伊勢佐木町だった。大正時代初期までは、浅草、大阪・千日前と並ぶ日本を代表する繁華街となっていた。浅草も千日前も遊廓に近接している。
関東大震災で被災した後、太平洋戦争でも被災し、戦後はGHQに接収された。1958年には売春禁止法が施行され、遊廓も廃止となった。伊勢佐木町の復興はそれでも歩みをすすめ、明治から続く老舗も建つ独特の味わい深い商店街として発展を遂げている。
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