「笛を吹く男(仮)」グレゴリウス・シッダルタ・スーギョ

2023.10 撮影
タイトル不明
作者グレゴリウス・シッダルタ・スーギョ(Gregorius SIDHARIA Soegijo)
🇮🇩インドネシア
設置場所福岡市中央区 エル・ガーラ

スーギョの素朴な人物像。壁に経歴が掲示されている。

G.シッダルタ・スーギョ
Gregorius SIDHARTA Soegijo

プロフィール
1932年11月30日、ジャカルタに生まれる。父・ベルナルドゥス・スーギョは教師であり、音楽家、合唱指揮者であり、ジャワ伝統音楽の専門家であった。母・クローディア・トゥーミラーは教師であり、声楽家であり、10人の子の母であった。シッダルタはその第3子である。1962年にマリア・スリ・ヌルナと結婚、サンドラ、リナ、ミラ、サラの4人の子とディト、ニケン、アスリ、ミタ、ギラン、ニコ、バユ、ルペンの8人の孫がある。

1950年-1953年 ジャカルタ・ビジュアルアート・アカデミーで学ぶ。
1951年-53年 ヤング・インドネシアン・ペインター・イン・ジャカルタを結成、初代会長を務める。
1953年-1957年 オランダのイアン・ファン・エイック・ビジュアルアート・アカデミーで学ぶ。
1957年 バリ・ブダヤ(ジャカルタ)でアリバシャと2人展を開催。
1958年-64年 ジャカルタ・ビジュアルアート・アカデミーで教鞭を執る。
1960年 インドネシア・アメリカ研究所(ジャカルタ)でルリジャティ、イランドリオと共同絵画展を開催。
1962年 ポーランド・ワルシャワのリストバッドのインドネシア絵画展に出品。
1967年 タイ・パンコクでの「知られざるインドネシア現代美術展」に出品。
1968年-78年 国際芸術協会(IAA)・インドネシア委員会の理事長を務める。
1975年ジャカルタ、バンドゥン、ジョグジャカルタ、スラバヤでの「インドネシア版画巡回展」に出品。
1977年 ラリトカラ・アカデミー(インド・ニューデリー)での第4回インド・トリエンナーレに出品。
1978年 ノルウェー・フレドリックスッタドでの第4回版画ビエンナーレに出品。
1978年-80年 パンドウン・インドネシア芸術家同盟の会長を務める。
1979年 福岡市美術館での第2回アジア美術展に出品。
1986年 タマン・イスマイル・マルズキ(ジャカルタ)でのジャカルタ彫刻トリエンナーレに出品。
1992年 ジョグジャカルタ文化センターでのインドネシア彫刻展に出品。
1996年 CSISビル(ジャカルタ)で、弟ボール・ゴータマ・スーギョのニュー・ソース・ミュージックの公演と共同の展覧会「2 Brothers」を開催。
1965年からバンドゥンに移り、現在までアートスクールおよびパンドゥン工科大学で教鞭を執る。

主な委託作品
1958年 スマラン司教区のキリスト像
1966年 インドネシアの紋章、国会議事堂(ジャカルタ)の銅像
1970年 大阪万博インドネシア・パピリオンのブロンズ像「生命の柱」
1978年 インドネシア初代大統領スカルノ氏の墓碑(東ジャワ・ブリタール)のための作品
1982年 インドネシア初代副大統領ハッタ氏の墓碑(ジャカルタ)のための作品
1985年 カナダ・バンクーパー万博(1986年)インドネシア・パピリオンのための石像「成長と繁栄」
1988年 韓国・ソウルのオリンピック公園の石像「成長と繁栄Ⅱ」
1989年 フィリピン・マニラのASEANパークのブロンズ像「成長と繁栄Ⅲ」
1990年 パクブウォノ公園(ジャカルタ)の多彩色スティール像「成長と繁栄Ⅳ」
1936年 アトマ・ジャヤ・カトリック大学のためのブロンズ像「アッシジの聖フランシス」

主な受賞
1952年 国家文化委員公より年間優秀絵画賞を受賞。
1979年 インドネシア独立宣言記念像のためのコンペティションで選出される。
1980年 ジャカルタ港記念碑のためのコンペティションで選出される。
1982年 インドネンア政府より、国民芸術賞を受賞。
1986年 ジャカルタ芸術委員会より。ジャカルタ・トリエンナーレ・最優秀彫刻賞を受賞。
1980年 シンガポールでASEAN 文化・コミュニケーション・文学賞を受賞。

インドネシアにはスリンと呼ばれる縦笛がある。その中でも、スリン・ガンブーは最大のもので、75㎝から100㎝もの長さを持つ。このスーギョの作品の笛は、その長さからスリン・ガンブーと考えられる。通常のスリンは鳥のさえずりのような高音を発するが、スリン・ガンブーは深く優雅で丸みのある音を響かせる。深い森の静けさを感じさせる彫刻作品。タイトルは記されていない。

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