
東京都港区 埠頭公園
| タイトル | 南極探検記念碑 |
| 作者 | 朝倉文夫 |
| 設置場所 | 東京都港区 埠頭公園 |
| 製作年 | 1936(製作)、1962(復元) |
この地から、日本で初めて南極点を目指した探検隊の船が出帆した。説明プレートは下記。
南極探検について
我が国で初めての南極探検は、明治43年(1910年)に白瀬矗(のぶ)隊長以下27名によるものです。
まだ青く美しい海であったこの地芝浦を同年11月28日小帆船開南丸(204トン・野村直吉船長)にて出航し、70日あまりの後ニュージーランドのウェリントン港に入港しました。隊員の休息と燃料や水の補給をして明治44年(1911年)2月11日同港を南氷洋に向け出航し、悪天候と戦いながら3月14日南線74度16分に到達しました。この時南極圏は氷結期に入っていたのでそれ以上の前進は不可能であり、5月1日オーストラリアのシドニー港は廻航しました。南極の夏を待っため6ヶ月あまりここに滞在して船の修理や食糧・防寒着等を整え、11月19日同港を出航し、明治45年(1912年)1月16日南極大陸のホエール(鯨)湾に上陸しました。白瀬隊長以下5名は2台の大ぞりで氷野を前進して苦難の末1月28日南緯80度5分、西経156度34分の地点に到達し、日章旗を立て、ここを「大和雪原」と命名しました。又、留守隊は沿岸の前人未踏の地域を探検しました。一行は天文気象等学術上多くの成果をあげ、6月20日全員元気に芝浦に帰港しました。
この偉業を後世に伝えるため、25周年の出発記念日にあたる昭和11年(1936年)2月28日にこの南極探検記念碑が建立されました。
昭和59年10月東京都港区
このころ、人類初の南極点到達を目指して熾烈な競争が繰り広げられていた。はじめイギリスのスコット隊がリードしていた。しかし、1911年12月14日、南極点に先に到達したのはノルウェーのアムンセン隊だった。わずか34日後の1912年1月17日に南極点に到達したスコットが見たのは、アムンセンが残したテントとノルウェーの国旗だった。失意のスコット隊がの帰路を悪天候が襲い、スコットを含む隊員5名の全てが命を失う悲劇となった。日本の探検家・白瀬矗も極点の初制覇を目指した一人。白瀬が南極大陸の「大和雪原」に到達したのも同1912年1月28日。南極点までは届かなかったが、日本にとって貴重な一歩となった。
記念碑本体にも下のように文が刻まれている。
この記念碑は1912年、白瀬矗ら27人による我が国最初の南極大陸探検の偉業を記念して、昭和11年に建てられたらたものです。
その後、長い年月を経てペンキン像のくちばしや羽が損傷するなど痛みがはげしかったため、港区が文化財を保存する立場から、その制作者である芸術院会員、彫刻家、朝倉文大先生の関係者に依頼し復元しました。
昭和37年11月
東京都港区

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