「インバーティッドボディメーカー」

2023.7 撮影
タイトルインバーティッドボディメーカー
作者不明
設置場所東京都品川区 大崎フォレストビルディング
製作年1912(製造)
備考重要科学技術史資料(未来技術遺産)登録
登錄番号 第00093号

説明プレートは下記の通り

インバーティッドボディメーカー
INVERTED BODY MAKER
国立科学博物館「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」登録
登録番号 第 00093号

100年以上前の自動製缶機

展示の機械は、アメリカン・キャン・カンパニー(American Can Company/ACC)が1912年(大正元年)に製造した自動製缶機です。
世界で初めて自動製缶機が開発されたのは
1880年(明治13年)のことです。それまでは、缶詰会社の職人が半田ごてを使って手作業で缶を作っていました。自動製缶機の出現は缶製造業、ひいては缶詰製造業の発展に大いに貢献しました。
日本においては1919年(大正8年)に、東洋製罐株式会社(1917年創立)が、ACCの自動製缶機を導入しました。これにより缶詰の製造と缶の製造の分業が図られ、缶の標準規格化、高品質化、安価で安定的な供給に向けて製缶の専業化が本格的に始まりました。
なお、本機はアメリカで稼働していましたが、第一金属工業株式会社様が創業時に導入し、以来1988年(昭和63年)まで稼動していたものです。
「容器文化ミュージアム」設立に際し、第一金属工業株式会社様より寄贈していただきました。

屋外から撮影させていただいた。

東洋製罐株式会社は1917年に設立された缶製造の企業。1919年に、自動製缶設備による製缶(2号缶)を開始。2号缶とは、内径98.9mm、高さ120.9mmの金属缶で家庭用(4号缶)の約2倍の容量があるやや大きめの缶。その後、金属缶、ボトル、プラスチック容器、紙容器など幅広く食品容器を生産する国内最大手の食品容器メーカーとして成長した。

この場所は、1920年から東洋製罐東京工場が稼働していたところ。東洋製罐は2000年に生産拠点を横浜に移したので、東京工場は閉鎖となる。2009年から大崎フォレストビルとしてこの地で建設工事が始まり2011年に竣工。千代田区にあった東洋製罐本社がここに移転し、「容器文化ミュージアム」もオープンした。

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