
| タイトル | 南無馬頭観世音 |
| 作者 | 不明 |
| 設置場所 | 千葉県船橋市 JRA中山競馬場 |
| 製作年 | 1939 |
この馬頭観音は、阿部純隆のための追悼碑。裏面の碑文は下の通り。
阿部純隆君碑銘 伊東政喜題額
阿部純隆君は本邦競馬界の先覺であった 年少すでに軍人を志し 中途實業に轉したが 然もなほ高潔を愛する精神は終始その行動を一貫した 昭和12年夏支那事変勃發し秋9月召されて征途につく 戰線は上海 任は歩兵中隊長 かの楊行鎭の激戰に於て驀進よく一堅壘を奪取し意氣烈烈 身に6弾を浴びて竟に陣頭に斃れた この時10月8日夜暗く上下聲を呑んで哭く 君は情の人義の人熱の人であった 温容鍛身淨くして寛く 真にこれ日本人であった
岸田國士 撰
蒼陰 吉岡英吉 書
阿部純隆は、中山競馬場の場長であり、日本競馬会の業務部長だった人物。1937年8月25日に応召。同10月8日に戦死した。1939年4月11日に中山競馬場に忠魂碑が建てられる。この馬頭観音碑は、中山競馬場の発展を祈り続けた阿部になりかわって、その繁栄の軌跡を守護し続けている。
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