
| タイトル | 銃後工場の護り |
| 作者 | 藤野天光 |
| 設置場所 | 千葉市中央区 千葉県立美術館 |
| 製作年 | 1938 |
| 備考 | 第2回新文展(特選) |
1938年の日本は戦争の荒波の中だった。1931年の満州事変で中国北東部を占領した日本は、1937年から日中戦争を開始した。そして、1941年から太平洋戦争が始まる。1903年生まれの藤野天光は、この頃気鋭の彫刻家だった。1928年に東京美術学校を卒業すると、1929に「ときのながれ」で帝展初入選。以後連続入選を果たし、特選も3度獲得する。
この「銃後工場の護り」は、1938年に第2回新文展で特選を受賞した作品。作家としての充実した力が遺憾無く発揮された傑作だと思う。筋肉や服の表現が力強く全体バランスも素晴らしい。当時の日本が目指したものもありありと伝わってくる。歴史を体感できるようなリアリティが心を掴む。
北村西望は戦時中は戦争に協力的な作家だったが、戦後は一転して平和を訴える作家になった。一方、戦争協力作家と看做された渡辺長男は戦後の活躍の場を奪われた。堀内正和は戦争に抗議するため製作活動を中断した。本郷新は女性モデルの調達が困難となり老人をモデルにしたりして創作を継続した。佐藤忠良と堀口泰造は徴兵されシベリアで抑留にあい、向井良吉はラバウルで、坂坦道はタイで抑留にあった。そして、その経験を戦後の創作に活かした。
それぞれの戦争と戦後。困難な時代に、どのように芸術と向き合うのか。藤野の、命震えるような筋肉の躍動に、改めて心を奪われる。
なお、藤野は初め藤野舜正と名乗っていたが、1968年に藤野天光と名を改める。この作品発表当時は藤野舜正の筈だが、銘板通り藤野天光と記載する。
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