
| タイトル | 成醫會講習所跡 東京慈恵医科大学発祥之地 |
| 作者 | 不明 |
| 設置場所 | 東京都中央区 松屋通り |
| 製作年 | 1980 |
| 発祥年 | 1881 |
碑文は下記の通り。
It was here in 1881 that the Sei-i-kai Course was started by Baron Kanehiro Takaki to teach English medicine.
As it was the beginning of the Jikei University School of Medicine, this stone commemorates the centennial of the University's founding.
Google翻訳による翻訳は下記。
1881年、高木兼寛男爵によって英国医学を教える「誠医会講座」が、この地で開設されました。
慈恵医科大学医学部の始まりであったことから、この碑は大学創立100周年を記念するものです。
1849年、高木兼寛は薩摩藩士の子として現在の宮崎県宮崎市に生まれる。18歳の時から薩摩藩の蘭学医に学び、戊辰戦争には軍医として従軍。のち開成所洋学局、鹿児島医学校に学ぶ。1972年に海軍軍医寮の幹部となる。1975年に、イギリスの聖トーマス病院医学校に留学、最優秀学生にも選ばれる。帰国後、海軍医療界の中枢を歩むとともに、1881年に誠医会講習所を設立、当時主流だった病理を重んじるドイツ式に対し、英国式の患者第一、臨床重視の医療の実現を目指した。
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