
| タイトル | 坂本竜馬の妻 おりょう |
| 作者 | 不明 |
| 設置場所 | 神奈川県横須賀市 おりょう会館 |
おりょうは、坂本龍馬の妻として知られる。1841年に京都に生まれ、名は楢崎龍という。父は浪人の身の上だったが医師として身を立てていた。しかし、勤王派だったため安政の大獄で捕えられ、出獄後に病死し、一家は困窮する。妹2人も身売りにだされようとするような貧困のなか、龍は坂本龍馬と出会い結ばれる。内祝言をあげたのが1865年(慶應元年)だった。翌1866年1月の寺田屋事件では、龍の機転で、暗殺を狙われた龍馬の命を救った。また、同年3月に、刀傷を癒す意味もあり、龍馬と龍は薩摩へ旅行に出かけている。これが、日本初の新婚旅行と言われる。
その翌年の1667年11月に、龍馬は京都で暗殺された。龍が龍馬と過ごしたのは、わずか、2年余りの短い間ということになる。龍馬の死後、龍は落魄の人生を歩む。土佐から京都に流れ、さらに東京で西郷隆盛や勝海舟、海援隊の人脈を頼る。しかし、西郷隆盛は下野したばかりで、ほかに援助の手が差し伸べられることはなかった。
1674年から神奈川宿の田中屋で働き、翌年に、大道商人の西村松兵衛と再婚。西村ツルを名乗った。晩年は横須賀で、貧しい暮らしを送ったという。1906年に64歳で死去した。
このおりょう像が目印のおりょう会館は地元の葬儀社。龍の死没地のすぐ近くということで、龍をシンボルにしている。
歴史は、人に一瞬のドラマを演じさせる。おりょうのその瞬間は、いつまでも歴史に刻まれ続ける。

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