「牛馬飲水槽」

2023.10 撮影

1859年の横浜開港時には、居留地と港を結ぶ大きな道はなかったが、1866年の慶應大火を契機に区画が整理され、1867年から1868年にかけて日本で初めての広く真っ直ぐな広い大通りが敷設された。その「馬車道」の幅員は18m。外国人を乗せたきらびやかな馬車や、荷物を満載した牛車が行き交い、多くの外国人が闊歩した。1867年に日本初となる街路樹が植えられ、1872年には日本初めてのガス灯が整備され、夜の横浜を煌々と照らした。街路の周囲には洋館が立ち並び、アイスクリームなどの誰も見たことがない商品が売られた。まさに、人々の想像を絶する驚異的な街がここ馬車道に出現した。

行き交う牛馬のための飲水槽も整備された。動物保護意識の一環ともいえる。飲水槽の高さも、馬や牛が飲みやすい高さに設定されている。

碑には「神奈川縣動物愛護會」「社團法人帝國競馬協會」と刻字されている。この飲水槽は実際に使われていたものだという。磯子区の八幡橋際に1917年に設置されたもので、他に中区の生糸検査所、西区の高島町駅前にもあった。ネットによると、神奈川県動物愛護会の前身である日本人道会と横浜荷馬車協会が協力して設置したという記事もあった。当時、横浜荷馬車協会に所属する牛馬は3,000頭といわれる。

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