
| タイトル | 放光観音菩薩台座 |
| 作者 | 伊東忠太 |
| 設置場所 | 横浜市鶴見区 諸嶽山總持寺 |
| 製作年 | 1925 |
| 備考 | 指定文化財 |
放光観音菩薩像は1925年に製作された。總持寺が石川県から移転して15年、また、関東大震災から2年後にあたる。初代の放光観音菩薩は新海竹太郎の製作である。新海の観音像は戦時中の金属供出により撤去され、敵を殺傷する兵器や軍需物資となった。
この写真の台座は伊東忠太の製作。新海の観音像が撤去された後は空座だったが、1965年にようやく山脇正邦の新しい観音像が着座した。伊東忠太は近代日本を代表する建築家で、このサイトでも築地本願寺や湯島聖堂、神田神社などを紹介、ここ總持寺の大僧堂も伊東の設計。伊東忠太は總持寺に眠っており、その墓も自らの設計である。
この台座には6面があり、それぞれは6菩薩が表現されているようだ。台座のみ、国の指定文化財。
下記のサイトを参考にしたが、初代の新海竹太郎の放光観音菩薩の写真も掲載されている。新海の観音像もどんなにか美しかったか。新海は仏師の家に生まれ、10代前半に仏像を彫っていたことは分かっているが、彫刻家となってからの仏像作品の情報はネット上でも全く出てこない。もし現存してれば、大変貴重なものだった。伊東忠太と新海のコラボが永久に失われたことは、この上なく残念に思う。

第23回:總持寺今昔 観音像二題
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