
| タイトル | 坂本龍馬像 |
| 作者 | 盛岡公彦(立体写真像株式会社) |
| 設置場所 | 東京都品川区 北浜川児童遊園 |
| 製作年 | 2010 |
| 備考 | 区政70周年記念 |
この坂本龍馬像は品川区政70周年を記念して2010年に製作された。品川は、坂本龍馬ゆかりの地である。龍馬は17歳の時に藩に申し出て武者修行のため江戸に上る。龍馬は、千葉周作の弟の千葉定吉が師範を務める小千葉道場で修行することになるが、その直後の1853年6月にペリーが浦賀に来航する。龍馬は急遽、防衛のため、品川・立会川の土佐藩下屋敷詰めを命ぜられ、以後この地に滞在した。
この坂本龍馬像は2代目。初代は、土佐藩ゆかりの浜川砲台発掘の記念として2004年に高知市から贈呈された樹脂製のもので、現在は浜川中学校に移設されている。この記事で紹介している2代目の像は地元ロータリークラブが主導して2010年に製作されたブロンズ。20歳前後の坂本龍馬を再現した。ただ、坂本龍馬の若い頃の写真は残っていないので、他の肖像彫刻や資料を参照し、20歳前後の顔をした龍馬の青年像を再現した。ブーツではなく草履を履いた坂本龍馬は全国的にも珍しい。晴れ晴れとした青年の志を感じる。
製作したのは地元品川で立体写真像株式会社を営む盛岡公彦。Google Mapsでは本山白雲作となっているが、像の側面に盛岡の刻印もあるので盛岡公彦の作品で間違いない。

説明プレートは次の通り。
立会川 二十歳の龍馬像
嘉永6年(1853)黒船4隻によるペリー艦隊来航の折、坂本龍馬(1835-1867)は土佐藩品川下屋敷の返くにあった浜川砲台の警護にあたります。
この地は後に海運貿易の亀山社中の設立・薩長同盟の斡旋など、近代を切り拓いた龍馬が志を立てたゆかりの地と言えます。
地元有志、品川龍馬会の人々のはたらきで、桂浜にあるものと同じ姿の龍馬像が高知市の寄贈により設置されていましたが、近頃の時代の閉塞感とあいまって、龍馬の事績に思いを致す人々の、ブロンズ像であればとの強い願いを受けて、東京京浜ロータリークラブは関係者と密に語らい議って、二十歳の龍馬像としてこれをここに建立したものです。
なお、この像には、平成11年修復時の高知県桂浜の像の金属片が溶かし込んであります。
平成22年11月15日
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