「陸軍気球聯隊 第二格納庫のダイヤモンドトラス」

2023.5 撮影
タイトル陸軍気球聯隊 第二格納庫のダイヤモンドトラス
作者不明
設置場所千葉市中央区 千葉公園隣接地

説明のプレートが設置されている。

かつての戦跡 陸軍気球聯隊 第二格納庫のダイヤモンドトラス

 陸軍気球聯隊は、昭和2年(1927年)現在の埼玉県所沢市から千葉市稲毛区作草部に移転してきた日本陸軍で唯一の軍用気球を扱う部隊でした。気球聯隊では敵地の偵察や砲弾の着弾点を観測するための訓練を行い、戦時中は気球部隊を戦地に派遣し、太平洋戦争末期には風船爆弾の実施部隊となりました。
 気球聯隊には気球を入れる格納庫が2つあり、第二格納庫は昭和9年(1934年)に完成、大きさは間口38m、奥行き44m、高さ18.5m、かまぼこ屋根の巨大な建物でした。昭和20年(1945年)の千葉空襲で焼け残った第二倉庫は、戦後長く民間の倉庫として使われましたが、令和2年(2020年)に老朽化のため解体されました。
 この鉄骨は、第二格納庫で使われた「ダイヤモンドトラス」と呼ばれる立体構造の一部で、解体時に切り出したものです。細い鉄骨罪で三角形をつくり、アーチ型に組み合わせることで、柱のない大きな空間を足場なしで建設することができる、構造技術者、野澤一郎氏による戦前の著名な発明でした。
 この展示はコンクリート基礎から斜めに立ち上がるダイヤモンドトラスを再現しており、外側には赤いサビ止め、内側は銀色のペンキで塗られていたものを復原しています。

市内にあった陸軍関係の学校・施設
 千葉陸軍防空学校(千葉県陸軍高射学校)
 千葉陸軍戦車学校
 陸軍歩兵学校
 陸軍兵器補給廠
 材料廠
 陸軍下志津飛行学校
 気球聯隊
 千葉陸軍病院
 鉄道第一聯隊
 作業場
 千葉聯隊区司令本部

ダイヤモンドトラスは1932年に野澤一郎により発明された立体構造建築で、無柱・無梁・斜交材で大空間を創る画期的な構造。発明後のわずか2年後に、この陸軍気球聯隊の格納庫の構造として採用されたことになる。ダイヤモンドトラスは、体育館をはじめとする5,000棟もの建築物に採用され、多くの巨大空間を生み出している。下の写真は説明プレートからの引用。

解体中の様子を空撮したものか。剥がした屋根の下の三角構造をよく見ることができる。

次の写真も説明プレートからの引用。気球の威容には目を見開かされる。

軍用の気球の開発は明治期から行われていたが、1907年に陸軍気球隊となり交通兵旅団の1隊となる。1913年に所沢航空基地に移転、さらに1927年にこの千葉の作草部に移った。この時の戦力は、気球2個、予備2個を持つ2個中隊だった。気球聯隊は1937年の日中戦争では南京攻略戦に従軍、さらに1942年にはタイ、仏印、シンガポールでの戦闘に参加。しかし、航空機にその用途を奪われ活躍の場を失った。

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