「ヨハネス・ルードヴィヒ・ヤンソン」大熊氏廣

2023.5 撮影
タイトルヨハネス・ルードヴィヒ・ヤンソン
作者大熊氏廣
設置場所東京都文京区 東京大学本郷キャンパス
製作年1902

ヤンソンは、日本に西洋獣医学の基礎を伝えたドイツ人獣医師。それまでも馬医や博労に馬の治療技術が伝承されていたが、明治期に西洋医術に切り替わった。ヤンソンはダンスも得意で、鹿鳴館でダンスの指南などもしていたようだ。説明板は次の通り。

JANSON, Johanes Ludwig
ヨハネス・ルードヴィヒ・ヤンソン
(1849〜1914)

ベルリン獣医学校で獣医学を、ベルリン大学で解剖学、組織学、生理学、外科学を学んだ。獣医学の外国人教師として明治13年(1880)に来日。同年11月22日に開設された家畜病院(現・動物医療センターの前身)において、近隣で飼育の動物を対象に診療活動を実践し、獣医臨床学の実地教育に多大な貢献を果たした。
さらに、十数科目におよぶすべての獣医学科目を講義するとともに、日本語で書かれた最初の獣医学書「家畜醬範』を校閲した。
明治34年(1901)谷山ハルと結婚、大正3年(1914)10月28日、鹿児島県で没。

制作:大熊氏廣 1902年

この像を製作したのは大熊氏廣。日本最初の西洋式彫刻とされる「大村益次郎像」を製作したことで知られる。埼玉県川口市の農家の生まれ。1876年に工部美術学校に入学し、イタリア人彫刻家のラグーザに師事する。

この像を作ったは大熊氏は1856年生まれ、大熊と同じく工部美術学校でイタリア人・ラグーザから教えを受けた藤田文蔵は1861年の生まれである。日本の伝統彫刻を基礎にした高村光雲が1852年、イタリア公使館勤務からウィーン美術アカデミーで学んだ長沼守敬は1857年、そして兵隊あがりの新海竹太郎は1868年の生まれ。綺羅星のような明治のパイオニアたちが彫刻の今を切り拓いた。

大熊氏廣
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高村光雲
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本山白雲は1971年生まれ、「土佐のミケランジェロ」と呼ばれる。東京美術学校で高村光雲に師事する。

本山白雲
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沼田一雅は1973年福井県生まれ。竹内久一に師事し、ウィーンで陶芸を学ぶ。

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