「エドモンド・ブランデン詩碑」重岡建治

2023.5 撮影
タイトルエドモンド・ブランデン詩碑
作者重岡建治
設置場所静岡県伊東市 安針メモリアルパーク
製作年2004?

碑文を記す。

伊東市民に贈る

 シェークスピアが未だ在世中、一英人が来てここにまた一つの名声を得た。異なれる他の技術をもって日本民族の永き歴史のうちに一地歩を得た。よろこばしきことは300年後に、ウイリアム・アダムスが伊東において、造船の先覚者たちを導いたその場所に来たことである。諸君、即ち伊東の人々は今なお彼の労苦の日々を称賛し、なおまた時代の隔絶が彼を遠くへ運びさっているにも拘らず、彼のことを卓抜のパイロットだと呼んでいる。私は英国の彼の故郷を知っているし、今はまた太平洋の波に洗われている彼の故郷をついに知った。そして、彼が英国と日本を最初に結んだ人だと考えると、私は誠に幸福である。かつて彼のケント人たるウイルの頭上に、諸君の花束を飾らしめた精神の今もなお尽きず匂えることは私の喜びである。
1948年7月8日
エドモンド・ブランデン
(中野 好夫訳)

エドモンド・ブランデン(1896~1974)
Edmund Cherles Blunden
 ロンドン生まれ、オックスフォード クイーンズ カレッジで教育を受ける。文芸評論家でもある彼は1924(大正13)年から3年間、東京帝国大学の英文学の教師として赴任。1947(昭和 22)年イギリス政府の文化使節として再来日、東京大学はじめ地の大学で講演。碑文は再来日した当時、英文学者の中野好夫東大教授らが、師プランデン教授を招き英文学の教え子たちと伊来での懇親会がきっかけで建立された。伊東市民に感謝の心を伝える内容となっている。1949(昭和24)年12月9日友人である
東大名誉教授で文学博士の斎藤勇氏とともに、親交をねていた内田辰雄氏(古屋旅館主)を訪ね、「按針を通じ伊東の市民と深い心で結ばれた」と話り、詩碑に別れをげて帰国した。1956年女王から桂冠時人の称号と金碑を授与された。
1966(昭和11)年オックスフォード大学の教授となる。

企画 伊東按針会
協力 伊東市/伊東商工会議所/伊東観光協会/伊東温泉旅館ホテル協会/伊東国際交流協会
制作 彫刻家 重岡建治
鋳造 河野美術鋳造
設置 石井石材7(株)

碑文によると元の詩碑は1947年ごろのものだが、このモニュメントは重岡建治制作となっているので、按針メモリアルを整備した時に一緒に作られたものか。だとしたら、2004年の制作となる。

なぎさ公園にある重岡作品の案内板には載っていない。

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