「土井晩翠先生」阿部正基

2023.5 撮影
タイトル土井晩翠先生
作者阿部正基
設置場所仙台市青葉区 仙台城跡
製作年1952

説明板が設置されている。下記の通り。

土井晚翠

晩翠は本名を林吉といい明治4年(1871年)仙台市北鍛冶町の質商土井七郎兵衛の長男として生まれた。
明治11年、培根小学校(今の木町小学校)に入り、のち立町小学校に転校、仙台英語学校、旧制第二高等学校を経て明治30年東京帝国大学英文科を卒業、明治33年母校二高の教授として帰仙した。
その間、三十一年に不朽の名作「荒城の月」を作詩発表、続いて第一詩集「天地有情」を処女出版した。島崎藤村の「若菜集」におくれること2年の明治32年、晩翠の28才から29才にかけての頃であった。
のち6つの詩集や数多くの随筆など出版した。
昭和22年日本芸術院会員、24年仙台市名誉市民に推され翌25年、文化勲章を受賞され昭和27年10月19日、仙台市本荒町の晩翠草堂で情熱の詩人としての81年の生涯を閉じられた。

この碑は昭和27年、晩翠会等によって建てられたものです。

春高楼の花の宴 めぐる盃影さして
千代の松が枝わけいでし むかしの光いまいづこ
秋陣営の霜の色 鳴きゆく雁の数見せて
植うるつるぎに照りそいし  むかしの光いまいづこ
いま荒城の夜半の月 変らぬ光たがためぞ
垣に残るはただかづら 松に歌ふはただ嵐
天上影は変らねと 栄枯は移る世の姿
写さんとてか今もなほ ああ荒城の夜半の月
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