「青山胤通」新海竹太郎

2023.5 撮影
タイトル青山胤通
作者新海竹太郎
設置場所東京都文京区 東京大学本郷キャンパス
製作年1920

新海竹太郎の造形した魅力的な人物像。説明板は次の通り。

青山胤通
1859〜1917

美濃国苗木藩士の三男として江戸麻布の下屋敷に生れる。明治15年に東京大学医学卒業、明治16年にベルリン大学に留学し、ウィルヒョウ教授らについて内科学と病理学を学んだ。帰途、バリでシャルコー教授にも教えを受けた。明治20年に帰国後、帝国大学医科大学教授に就任、明治25年より和泉橋の第二医院内科を主管した。
明治26年講座制の発足により内科学第二講座教授(のちに第一講座教授)に就任した。明治27年香港のペスト流行に際し、北里柴三郎博士と共に派遣され病理解剖を担当したが、自ら感染した。医科大学学長を16年間務め、医学界に影響力を発揮した。
この間、文部省に移管された伝染病研究所の所長も兼任した。明治36年第一回日本内科学会会長、明治41年癌研究会初代会頭。在任中の大正5年、胃噴門癌で没した。

新海竹太郎作(大正9年)

青山胤通は、医師・文学者の森鴎外と親友で、洋画家の原田直次郎や作家・樋口一葉とも親交があった。感染症が蔓延する香港に命懸けで渡り病因を突き止めるような医学者として透徹した面も持ちながら、芸術を理解し味わう感性も持ち合わせていた。

この新海竹太郎の手による肖像は傑作だと思う。青山の洒脱な持ち味とその底にある信念のようなものが伝わる気がする。台座を含めた全体の構成に魅力がある。

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