
タイトル | 謝恩碑 |
作者 | 伊東忠太、大江新太郎 |
設置場所 | 山梨県甲府市 舞鶴公園 |
製作年 | 1969 |
明治40年に甲府盆地を大水害が襲った。この水害では峡東地方中心に死者は233人、流出家屋5,757戸という大きな被害状況となった。山梨県では明治時代に度重なる水害が発生し山林も荒廃していたが、明治天皇により山梨県内の御領地の下賜が行われた。この石碑は、水害の教訓と天皇への感謝を後世に伝えるもの。
武田信玄が信玄堰を作るなど、山梨は水害に見舞われやすい土地柄なのだろう。また、幕府直轄地だったので、天皇の御領地も多かったと思われる。
製作したのが伊東忠太、大江新太郎ということも興味深い。
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