「洋式帆船造船の図」

2023.5 撮影
タイトル洋式帆船造船の図
作者不明
設置場所静岡県伊東市 川口公園

この地で、日本初の西洋式帆船が建造された。

建造を指揮したのは、ウィリアム・アダムス。アダムスはイギリス人航海士で、オランダ船団の一員としてデ・リーフデ号に乗って極東を航海中、1600年に遭難して大分県の杵築に漂着した。江戸に連行され徳川家康と面会したアダムスは航海術や天文学、地理など幅広い知識を持っていたことやその人柄から家康に気に入られ、まずは船大工としての経験を生かす、西洋式帆船の建造を命じられる。

アダムスは、大きな河口の側に分厚い砂洲があり、豊富な木材の調達が可能で、優れた船大工も揃っていた伊東に目をつけ、この地に「砂ドック式」のドックを作ることを決める。「砂ドック式」は、砂を掘り下げて穴を作り、その下に丸太を敷き詰めてドックをつくり、そこで船を建造したのち、川を堰き止め、その水をドックに引き込んで進水するもの。

アダムスは、1604年に日本初となる80tのガレオン船(西洋帆船)の建造に成功、さらに1607年に120tのガレオン船・サン・ブエナ・ベントゥーラ号を完成させた。サン・ブエナ・ベントゥーラ号は、のちに太平洋を横断してメキシコに至る航海を成功させる。

アダムスは、こうした功績により、1607年に三浦郡250石を拝領して旗本となり、外国人として初めてのサムライになった。同時に、三浦按針という名前も家康から授かる。

当時の和船は平底だが、ガレオン船は船底に竜骨(キール)を持つ深底の船で安定性がよく、遠洋航海に向いている。また、和船が四角帆だけを備えているのに対し、ガレオン船は四角帆と三角帆の組み合わせになっていて、帆の操作によって向かい風でもジグザグに進むことができる。日本にとって、画期的な成果だったといえる。

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