「東洋大学発祥之地」(1886〜)

2023.5 撮影
タイトル東洋大学発祥之地
作者不明
設置場所東京都文京区 天澤院麟祥院
製作年1987
発祥年1886

碑文は下記の通り

明治20年(1886年)9月16日
井上円了は民衆に教育の機会を開放し
かつ哲学を中心とした教育を行うことを
目的として、東洋大学の前身である哲学館を
この地に創立した

昭和62年9月16日
東洋大学創立100周年記念建立

井上円了は1858年生まれの哲学者、教育者。新潟県長岡市の慈光寺に生まれる。長岡洋学校から東本願寺の教師学校すすみ、東京大学文学部哲学科に入学する。卒業後は著述活動を行う。

円了は、国家主義を掲げ、哲学に基づく人間形成をなすため、1886年にこの麟祥院の境内に哲学館を設立し、教育者の道を歩み始める。29歳の若さだった。哲学館は後の東洋大学に引き継がれる。

1902年に哲学館事件が起こる。哲学館が行った卒業試験の設問に文部省からの干渉が入り、論争の結果、設問は国体を危うくするとして哲学館の教員無試験検定許可が取り消された。

その設問は、「動機が善でも悪となる行為はあるか」というもの。皆さんはどう答えるだろう。これに「ある」と答えた学生がいたことが問題視された。場合によっては天皇を弑逆しても良いという思想に通じるとされたのだ。哲学館は文部省に廃校を迫られる事態に陥るが、それでも信念は曲げなかった。

1904年に、中等教員無試験検定資格の再認可を求める講師・校友たちと、再認可を求めない井上円了が対立する事件も起こる。1906年、円了は学校に関する全ての役職から手を引く。引退後は、現在の中野区野方に哲学堂を建設し、巡回講演活動の拠点とした。

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