
| タイトル | 木下杢太郎句碑 行く水におくれて淀む花の屑 |
| 作者 | 木下杢太郎 |
| 設置場所 | 静岡県伊東市 松川遊歩道 |
句と解説が碑の脇に傍に添えられている。
行く水におくれて淀む花の屑
木下杢太郎
東京、隅田川にかかる永代橋を設計した実兄、太田円三の死を悼んで作った「永代橋工事」という詩に添えられた句です。
木下杢太郎は1885年に伊東で生まれた劇作家・詩人・美術史家。実家は「米惣」という雑貨屋を営んでいた。1898年に上京し獨協学協会学校(現・獨協大学)に入学。1906年に東京帝国大学医科大学(現・東京大学医学部)に進学し、医学を学ぶ傍ら、1907年に「明星」の同人となり、文芸作品を発表、また、1908年には文芸・美術の評論を行う「パンの会」を立ち上げる。与謝野鉄幹、北原白秋、吉井勇、上田敏、永井荷風、荻原碌山、武者小路実篤、小山内薫、岡本一平、谷崎潤一郎らと親交を深める。
土木技術者の太田圓三は実兄。太田圓三は震災の復興に力を発揮した技師で、橋梁設計の専門家。圓三は復興局疑獄事件の巻き添えとなり35歳の若さで自殺する。この句は杢太郎が兄を想って詠んだもの。
東京の神田公園には太田圓三の功績を讃えた記念碑があり、このサイトでも既に紹介している。
流れに呑まれて行方を失う花の無常が心に刺さる。
二代目伊東市長の太田賢次郎は木下杢太郎、太田圓三の長兄にあたる。
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