「日中戦士鎮魂碑」

2023.5 撮影
タイトル日中戦士鎮魂碑
作者不明
設置場所千葉市中央区 千葉公園隣接地
製作年1977

碑の裏面に碑文が刻まれている。

由来記

わが楓4256部隊(歩兵212聯隊)は、昭和14年春、佐倉57聯隊に於いて第32師団管下の部隊として編成、軍旗を親授され、同年端午節屯營を出発、北支派遣、山東省魯西道の治安警備に警備に当たり、昭和19年濠北ハルマヘラに転進、現地において軍旗を奉焼。
渡支数ヶ月後には、第一大隊、長田部隊長を初め数百名の戦死傷者を輩出、部隊は壊滅状態となる。所謂「梁山事件」である。
各隊は駐屯地周辺における寧日なき作戦、討伐行は、日中彼我双方に多くの戦死者を出す。日中両国戦士の立場は相反し、砲火を交え、救国の美名の下、戦線に立ち散兵線に散華した。
日中両国戦士の遺族一統の心中を思う時、正に断腸の感あり。
日中国交正常化した今、我が魯桜会有志は、「永久不滅」を誓い両国犠牲者の怒れる魂よ静まり給えと、
「日中戦士鎮魂碑」を建立したものである。

昭和52年4月吉日

ここは、陸軍の軍事施設が林立していた地域。また、1967年には猪鼻山から千葉縣護國神社がこの地に遷座する。太平洋戦争の戦没者慰霊のための鎮魂碑もこの地に並びたつように建立された。護國神社は、戦没者遺族の高齢化や建物の老朽化に伴い、2022年2月に千葉市若葉区にさらに遷座した。時代の重さを心に刻む場所として今こそ貴重だと思う。

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