「ユリウス・スクリバ」長沼守敬

2023.5 撮影
タイトルユリウス・スクリバ
作者長沼守敬
設置場所東京都文京区 東京大学本郷キャンパス
製作年1907

碑文は次の通り。

東京大学名譽教師ベルツ先生(在職1876〜1902) 同スクリバ先生(在職1881〜1901)は本學部創始のころ20年以上にわたってそれぞれ内科學外科學を教授指導しわが國近代の眞の基礎を築いた恩人である。
この碑は両先生の功績を記念するため明治40年4月4日(1907)建設せられたがこのたび醫學部總合中央館の新築にともなって昭和36年11月3日(1961)原位置の北方約60メートルのこの地点に移した。
東京大學醫學部

ユリウス・スクリバは1848年、ドイツのダルムシュタット生まれの外科医。明治政府は、当時最も医学が進んでいると考えられていたドイツから医学者を招聘。その最初となったのがミュルレルとホフマンで、その次の世代が外科のスクリバと内科のベルツだった。

スクリバは1881年に来日すると、外科、眼科、皮膚科、婦人科を教えた。1901年に退職すると、聖路加病院の外科主任を勤める。1905年没。妻・康子との間に3人の男児をもうける。長男はドイツで医師、次男はドイツ軍兵士として青島で日本軍と戦い日本の捕虜に、三男は慶應義塾大学に進学した。

スクリバ像とベルツ像を製作したのは長沼守敬。西洋彫刻の黎明期に活躍した。1957年に青森県一関に士族の子として生まれる。上京し1875年にイタリア公使館に勤務。これにより、1881年にイタリアに留学し、ヴェネツィア美術アカデミーで彫刻を学ぶ。その後、現地の高校で日本語教師を勤めたのち1887年に帰国。その後は彫刻家として力を発揮した。東京美術学校彫刻科の初代教授も務める。

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