
タイトル | 軍艦長門碑 |
作者 | 阿川弘之(撰文)、新見政一(書)、田畑一作(創案彫刻) |
設置場所 | 神奈川県横須賀市 ヴェルニー公園 |
製作年 | 1976 |
碑文は下の通り。
軍艦長門碑
ありし日の
連合艦隊旗艦長門の
姿を ここに留めて
昭和激動の時代を
偲ぶよすがとする
政一書
軍艦長門は1919年進水、1920年に竣工した巨大戦艦。大和型(大和、武蔵、信濃)が登場する前に、世界最大、最大口径の砲を持つ高速戦艦として、日本海軍の旗艦を務めていた。長門型には他に軍艦陸奥があった。太平洋戦争が始まると、僚船の巨大軍艦の陸奥、武蔵、大和、空母信濃など帝国海軍の船舶は次々と沈没した。開戦時の日本の戦艦数は10隻だが、終戦時に稼働可能な戦艦はこの長門ただ1隻だけだった。アメリカの戦艦は、開戦時に17隻、終戦時には25隻と圧倒的な差になった。長門は米軍に接収され、武装解除されたのちビキニ環礁で行われた原爆の投下実験の標的艦となり、1946年7月1日と7月25日の二度の原爆投下を受けて沈没した。
新見政一は1887年生まれの海軍軍人、戦史研究家。106歳まで長寿を保ち、海軍の歴史を伝えた。その新見の端正な書体。
下記の記事などを参考にした。
日米の戦力差(艦艇)
太平洋戦争開戦時、終戦時の日米海軍艦艇戦力差と、沈没艦艇数をあげてみます。開戦時の海軍艦艇数日本 戦艦10,空母(航空母艦)9,重巡洋艦18,軽巡洋艦20,駆逐艦112,潜...
パブリックアート散歩 - Google マイマップ
ブログ用地図
コメント