タイトル | 神馬 |
作者 | 不明 |
設置場所 | 東京都文京区 神田神社隨神門 |
製作年 | 1970? |
神田神社公式HPにその記載はないが、これは、平将門に由来した「繋ぎ馬」だと思う。将門伝説には馬がよく登場する。坂東は駿馬の名産地。将門も関東の馬を巧みに操った。真福寺蔵の「将門記」には「将門ハ馬ニ羅(かか)ツテ風ノ如ク追ヒ攻ム」「竜ノ如キ馬ニ騎ツテ、雲ノ如キ従(家来)ヲ率ヰル」と記されている。将門は陣幕に「繋ぎ馬」を使っていたらしい。秋田県の昭楽寺に伝わる「将門の陣幕」と呼ばれる画にもその陣幕が描かれているようだ。
「相馬繋ぎ馬」は将門の子孫である陸奥中村藩相馬氏の家紋である。相馬野馬追いは、一敗地に塗れた将門が再起を期して野生の馬を追い軍事訓練をしたのが原点とされる。そして、最も強い野生馬を捕獲し2本の松の木に繋いだ。
この神田明神の神馬も、逃れようと脚を踏ん張る繋ぎ馬が活き活きと彫り込まれている。阿吽ではなくどちらも口を開いている。
随神門が築造されたのは1970年のことだった。この神馬もその時に奉納されたものだとすれば、将門は祭神から外れていた時期である。1874年の明治天皇の神田神社行幸にあたり将門は祭神を外れた。祭神に復帰したのは1984年。氏子の皆さまも神社も、将門様の再降臨をさぞ願っていたことと思われる。
いま、神田明神では生きた神馬が飼われている。2010年生まれのあし毛の牝馬。名前は「明(あかり)」という。
(参考)平将門の繋ぎ馬(つなぎうま)
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